2005年12月05日

テストも兼ねて。

image/fuko-2005-12-05T22:27:36-1.jpg

ども、せっかく場所を用意頂いたのでスチャラカ旅行記でも
書いてみます。で、テスト代わりにインドビザの画像でも。
posted by 風子 at 22:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

ユースも終わったようですが。

サッカーの話とはまったく関係なく
インドレポートを。
画像乗せようかと思いましたが、
イマイチ重いので文章だけにします。

朝の2時に予定どおりインディラ
ガンジー空港に着くと、ロビーで仮眠
してサギ師を黙殺しつつデリーを
脱出。目指すはインド北西部、パキスタン
国境まで約100キロ、ジャイサルメール。

寝台車を下り街に着くと、車内で
声をかけてきた兄ちゃんが経営する
ゲストハウスに荷物を置き、サクっと
「砂漠でラクダに乗るツアー」へ参加。
途中で山羊は屠殺するわ密造酒は飲むわ
フランス人はキスするわラクダのゲップは
やっぱり臭いわで面白かったです。

画像がないとさっぱり臨場感がないかと
思いますが、これからインド北部を西から
東へ横断しますので、おいおいアップします。

宿のスタッフとブルーハーツの
「リンダ リンダ」を合唱してご満悦な
ヤツハシくんがお送りしまスた(笑
posted by 風子 at 20:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

オールドデリー駅から問題。

2542-1.jpg
(↑クリックして拡大)
この画像に写ってるものはなんでしょう?
逆光なのでわかりずらいかもしれませんが、
ぺかぺか電飾で光ってるものがそうです。
オールドデリー駅以外にも人が集まるような
とこには普通にありましたが、日本人の
感覚からすると、「それって何が楽しいの?」
って聞きたくなるような行動をするために
使うものです。いかにもクイズ番組に出そうな
ネタなんで、知ってる人もいるかもですが。
答えは次回のアップのときにでも。

すんません、またリサイズできなかったです。
申し訳ないでス>風子さん
-----
大丈夫〜!直したっす!(笑)
posted by 風子 at 21:25 | Comment(6) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

フットボールとジャパニメーションと。

途中で知り合ったヤツらとの会話。長文で申し訳。

一人め。
キャメルツアーでいっしょになったフランス人。
(推定20代中頃。彼女と長期旅行中。)

ジダンが好きらしぃ。けど「マルセイユルーレット」は
通じなかったwやはり、というか中田ヒデは知ってた。
日本のアニメ大好き。お気に入りは「攻殻機動体」
(Ghost in the shell)。でも原作のマンガの方が
全然いいのだそうだ。あと彼はMOTO(オートバイ)も
大好きで、加藤大二郎(あれ、「治」だったっけ?)の
鈴鹿での死を悼んでました。

二人め。
砂漠の街、ジャイサルメールでいっしょにメシを
食った韓国人。(22歳。一人旅。)名前聞いたけど
忘れたw

まず明甫兄さんの話から入る。名前は知っていたが
彼の世代にとっては明甫兄さんも既に過去の人らしい。
彼のお気に入りは李天秀。彼の中での最強の韓国代表は
ヒディングが率いた2002年の代表だそうだ。
ま、そらそうだろけど。疑惑のゴールについてはあえて
触れないでおいたw
日本文化といえば、Mr.childrenと
「エヴァンゲリオン」な彼は韓国国文科専攻の
大学生でした。

三人め。

プシュカルってヒンディーの聖地に行く途中のバスで
会ったスペイン人。名前はアントニオ、だったと思う。
やはり彼女と旅行中。

バルセロナ生まれの彼はやはりバルサっ子。
チャンピオンズリーグでレアルが勝つくらいなら
マンUが勝つ方が100倍マシらしいwそれでもフィーゴは
スペシャルな存在なんだと。
名前は知らなかったけど、リーガで現在日本人がプレーを
してるのは知ってました。頑張れ大久保。

韓国人とフランス人の2人に共通するのは、兵役がある
国だってこと。自分の好きなことができない2年(両方とも
2年だそうだ)は苦痛以外の何物でもないと言っていた。
でも、兵役逃れ、って方向にはいかないらしぃ。ふむ。
義務と権利、ってことなのかねぇ。わからんけど。

彼らの人生に(もちろん、俺の人生にも)幸多からんことを。
どっかでまた話ができるとイイですね。
posted by 風子 at 16:20 | Comment(3) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

その名はプシュカル。

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(↑クリックすると拡大します)

生まれて初めて、海外で
「もう一度来たい」と思う場所でした。
何十年か前の日本のようで、でも、
きっとそうじゃないトコロ。

いつかまたきっと来よう。
その時は大事なヒトといっしょに。
posted by 風子 at 17:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

気分的には「アポロ 13 」でしたわw

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(↑クリックすると大きな画像になります)

いーかげんインドに飽きてきたので
投稿頻度があがってますがw、もう
しばらくお付き合いをw

ここヴァラナシはこの季節は雨が
ほとんど降らないはずですが、昨夜は
雷を伴う激しい雨に見舞われました。
実は俺の部屋は窓が壊れていて、
「雨なんか降らないから大丈夫だろ」と
たかを括っていたら水がだばだば入って
来て床が水浸しw電気も止まってるので
ジッポライターで照らして応急処置w

で、今朝になって現地調達の資材で
修理をしましたw

(資材)
1.宿で貰ったビニール袋
2.宿で借りた鋏
3.宿で借りた洗濯ハサミ

修理前、修理後、資材、で3枚写真撮って
みました。ご覧あれ。なお、修理代として
宿の女主人からチャイを1杯頂きました。
(道で飲むと6円ないし10円w)
posted by 風子 at 15:18 | Comment(1) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

アジアン・ジャパニーズ。

ここ、ガンがーのほとりヴァラナシには
長期滞在者がいっぱいいます。もちろん
日本人もいますが、中には熱いヤツも
いて、ちっと紹介してみようかと。

1.裸一貫で旅する男

ヴァラナシからコルカタへ向かう列車の
中でパスポートから金から全部取られた
男の子。旅行を中止して帰国手続きを
取ろうとするも、インドへ陸路で入国
しているため、手続きに時間がかかると
大使館に言われたため、開き直って
パスポートを再発行してもらい、他の
旅行者からいらない物を分けてもらって
旅行続行を決意。最終的にはイスタンブール
まで行くんだと。俺は500INRと小分けの
洗剤、洗濯挟みを供出しました。

2.密入国の女。

同じ宿になった27歳の女性。インドから
ブータンに入国する際、普通はイミグレを
通ったうえで滞在1日につき200USDを
払わなくてはならない(しかもガイドと
いう名の監視つき)ところ、彼女は
国境で通りかかったブータン人のバイクに
2ケツをしてノーチェックで入国に
成功。おまけにブータン人の家に1日居候
してタダ飯食って帰ってきたそうな。

「深夜特急」には25年ばかし乗り遅れたけれど、
俺らは割と元気です(笑
posted by 風子 at 13:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

昨晩、久しぶりにヒトを殴りました。

ヒトを殴ったのは何年ぶりだろぅ。
7〜8年ぶりかなぁ。
後味よくないね。
自分の怒りに任せて殴ったのなら
なおさら。

今日ヴァラナシを出ます。
次はコルカタ。先月くらいに
エントリに出た「入院中の
糖尿病患者の足を齧った蟻が出る病院」
があるところです(笑

でわ。
posted by 風子 at 13:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

戦場のボーイズ・ライフ(かなり長文

image/fuko-2005-12-28T23:57:52-1.data

ヴァラナシからコルカタへ向かう電車。
今回の旅ではインド国鉄はほとんど遅れが
なく、噂に聞いていた「10時間や20時間の
遅れはザラ」というのは古き良き時代の
話なのだと思っていた。まあ、終わって
みればわずか2時間のdeleyで済んだけれど、
到着プラットホームが変更に次ぐ変更で、
最終的にはアナウンスと全く違うホームに
入ってくる始末。帰省ラッシュばりの
混乱の中、同じ列車の同じ車両にのるはずの
韓国人の女のコ3人と知り合った。コドモは
泣くわ老婆は叫ぶわチャイのカップは
飛び交うわ、の中で彼女たちとどうにか
目的の列車に乗り込むことに成功。
(実は違う列車に乗り込み走り始めて
あわてて飛び降りた事や、護衛の兵士の
制止を振り切り別車両から乗り込んだって
事はまた別の話。)

大混乱が収まり、親近感を得た我々(俺を
含めた日本人男子2名、韓国人女子3名)は
車内でひとしきり話し込み打ち解けた。
「じゃ、おやすみ。また明日」と言いつつ
寝台に潜り込んだ30分後、その韓国人のコが
俺達の寝台のところまで来る。「なんか変な
インド人があたし達のとこに来てるの。
助けてくれないかな?」と泣きそうな顔で。
そう言われれば行かないワケにはいかない
でしょ。で、彼女達の寝台に行くとすっかり
出来上がったインド人がふんぞり返っている。
はじめは慇懃に「さ、あなたの寝台はここじゃ
ないでしょ。俺達といっしょに戻りましょ。」
と言っていたが、ラチがあかないので
「チケット見せろよテメー。早くしないと
護衛の兵隊呼ぶぞコラぁ!」と叫んだり
してる間に近くの乗客が割って入ってどうにか
その酔いどれインド人はいずこかへ去って
行きました。

落ち着いたあと、女のコたちに「大丈夫だった?
なんかまたあったら俺達の寝台はそこだから、
また言いにきな。」とイナセな台詞を残して
寝台に戻る俺達。(内心、「これは、明日は
デートだよな、当然。うひひ。と思ったことは
別の話ではない。)

で、コルカタに着くとタクシー相乗りで安宿街と
して有名なサダル・ストリートへ。彼女たちが
泊まる予定のホテルまで行き、部屋を見ることに。
が、どうも部屋がお気に召さないらしぃ。
「じゃ、別のホテルへ行こか」となったとき、
別の韓国人の男のコたちが出現。瞬間的に
母国語で打ち解ける彼ら。玄界灘と済州島より
遠い距離に置いていかれる俺達日本男児。

「あたし達、ここに泊まることにする。だって、
韓国人のコが多く泊まってるから。」

そーですか。そーでしょーとも。母国語で
話した方が楽だしね。酔っ払いと格闘してなくても
同じ言葉を話す相手の方が理由ないけど信用
できるよね。うんうん。分かるよ。じゃ君達は
そうやってずっと自分達だけでコミュニティを
海外まできて作ってればいいさ。ふんだ。

という悪態は全くつかずさわやかに分かれた
俺達でした。ちっ。

あの有名な「サダル・ストリート」は、
来て見たらどーってことのない街でした。
画像でどぞ(笑 ホントはもっとラブリーな
画像を送るはずだったのに(苦笑
posted by 風子 at 23:57 | Comment(5) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

インドで起業ですか?

image/fuko-2005-12-29T13:21:52-1.JPG

えーと、コルカタでの病院探しは
あまりの都市のデカさ(人口4000万超)に
断念し(笑 、お茶濁しのネタでご勘弁。
(画像はサダル・ストリートの近くの
本屋の棚で撮ったもの。隣には架空戦記
ものが多く並んでました。「超零戦 全機
突撃せよ!」とかw)

ところで、皆様にはいまさらでしょうが、
悠邪さんのとこで横浜FC戦のゲームレポート
(および試合後の顛末)を読んで、
「どして俺がいないときにそぅいう試合に
なるんだよ?」と憤慨しちまいました。

試合後の件についてはねェ。。。
それぞれの人にそれぞれの想いを去来させた
だろうから、コメントは控えます。

このことを踏まえどう我々は進むべきなのか

を、考えなきゃいけないのだろうねェ。

明日、日本に帰ります。着いたら
年の瀬だねェ。
posted by 風子 at 13:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

その足跡は突然途切れ。

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彼の生涯を描いた映画を高校生の
ころだかに観ました。映画自体の
完成度は決して高くないと今でも
思っていますし、彼の思想の全てを
受け入れることは俺にはできません。

が、その映画を観て、類稀なる
インパクトを受けたのを覚えています。
情緒不安定気味だった思春期の事、
ってのを差し引いても、あの衝撃は
未だにどこかに残っています。

今日、彼の臨終の地となった場所へ
行きました。死のまさに数分前、
彼が歩いた足跡がそのまま
モニュメントとして地面に
残されています。そしてそれが
突然に途切れる。本当に、唐突に。
その途切れた場所が、彼が銃弾を
受けた場所なのです。

「あっさりとヒトは死ぬのだな」。
どんなことを生前にしても、
もちろん、しなくても。

そんなことをつらつら想いながら、
暖かな冬の昼下がり、ふらふらと
今は記念館になっているその場所を
歩いていました。
posted by 風子 at 20:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヤツハシくんの旅行記 | 更新情報をチェックする
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